東京高等裁判所 昭和41年(行コ)24号 判決 1966年12月20日
控訴人(原告) 五十君三平
被控訴人(被告) 茨城県選挙管理委員会
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和三九年三月二八日にした『昭和三八年一〇月三〇日執行の飯沼土地改良区総代総選挙における選挙の効力に関する異議申出に対して同年一二月一八日石下町選挙管理委員会がなした決定は取消す。飯沼土地改良区総代総選挙は無効とする』との裁決を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否については、以下に付加するほか、原判決事実欄摘示のとおりである。
(控訴人の主張)
本件総代選挙における選挙人名簿に対して、上林修平の選挙人たる資格(被選挙人たる資格もこれと同一)につき所定期間内に異議の申立があつたので、飯沼土地改良区は資格審査理事会を昭和三八年一〇月二一日開き、審査の結果右異議を理由ありとし、選挙人名簿から上林の部分を削除し同人に通知した。この決定については関係法令及び飯沼土地改良区定款に異議申立に関する規定がないからその申立はできず、かくして右選挙人名簿は右定款の定めるところにより選挙期日の六日前である昭和三八年一〇月二四日確定した。これを右改良区から右下町選挙管理委員会に送付し、同委員会はこれにもとづいて本件選挙を執行したのである。従つて右名簿により上林を被選挙権がないものとして扱い、その氏名を掲示しなかつたのは正当である。
(被控訴人の主張)
控訴人主張の右選挙人名簿の確定経過及びその日時は認める。但し選挙人名簿に対し適法の期間に異議申立があつたことには疑いがある。しかし控訴人の主張のとおりだとしても、本件選挙において上林の氏名を掲示しなかつたことを許す理由にはならない。すなわち土地改良法その他関係法令に立候補届出の却下に関する規定はないから、有効な立候補届出後選挙期日前において、被選挙権のないことの確認が得られた場合にあつても、選挙長は右届出を却下することができず、被選挙権の確定は選挙執行後選挙会において
なすべきである。
(証拠関係)<省略>
理由
当裁判所は以下に補充するほか、原判決と同旨の理由(但し原判決理由第三項の三行目に「確定した選挙人名簿」とあるのを単に「選挙人名簿とする。」によつて被控訴人のなした本件裁決は正当であると認めるから、原判決理由を引用する。
一、本件選挙における選挙人名簿が控訴人主張のように昭和三八年一〇月二四日確定したことは当事者間に争いがなく、右名簿に上林修平の氏名が当初登載されていたが右確定日前である昭和三八年一〇月二一日飯沼土地改良区の理事会で上林の同改良区組合員たる資格の喪失が決定され右選挙人名簿から同人の氏名が実質上削除されたことは前記(原判示)のとおりである。ただ、上林の選挙人たる資格につき、選挙人名簿に対し適法の期間内(甲第三号証飯沼土地改良区定款第一一条によれば名簿の縦覧期間内)に組合員から異議の申立がなされたか否かは、本件証拠によつては必ずしも明白ではないけれども、それはさておき、仮りに正当な名簿の修正により上林の氏名が除かれたものであるとしても、右名簿は選挙権行使の基準であつて、これと同人の立候補者としての地位とは法的の関連がない。土地改良区総代の選挙権と被選挙権はともに改良区組合員の資格を要件とする(土地改良法第二三条第三項)点で一致するけれども、その立候補届出については組合員であることその他被選挙権の存在の証明を要しないし(土地改良法施行令第十七条の三)、また届出後これを却下し得る規定も存在しないから、選挙長または選挙管理委員会は、正規の手続で立候補届出がなされた以上、その者を終始候補者として取扱つて選挙を執行しなければならないのであり(但し前記施行令第一七条の五には当然候補者を辞したとみなされる場合の規定があるが、これも組合員の資格と関係がない。)、選挙人名簿に登載されていない者であるからといつてその点に変りはない。被選挙権の有無の判定は選挙執行後選挙会で(前記施行令第一六条)、さらにその後においては総代会で(土地改良法第二三条第八項)、なされるべきである。
二、控訴人は、上林は結局組合員たる資格がなく総代の被選挙権を有しないから同人に対する投票(無効投票)が少くなることは選挙の理念からいつて正当であるし、本件選挙の結果に異動を及ぼすおそれはない、と主張する如くであるが、前記のように現行規定上候補者の被選挙権の有無は選挙執行後の手続で判定されるべきことからいつて、右主張は理由がないこと明らかである。
以上の理由で、本件裁決を有効と認めた原判決は正当であるから本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾 浅賀栄 小堀勇)
原審判決の主文、事実および理由
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告訴訟代理人は「被告が昭和三九年三月二八日裁決した『昭和三八年一〇月三〇日執行の飯沼土地改良区総代総選挙における選挙の効力に関する異議申出に対して同年一二月一八日石下町選挙管理委員会がなした決定は取消す。飯沼土地改良区総代総選挙は無効とする。』との裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二原告の主張
原告訴訟代理人は請求の原因として、
一(1) 原告は茨城県飯沼土地改良区の組合員であるが、同改良区は土地改良法第二三条第一項所定の改良区で、その総代定数は定款により三〇名と定められている。しかして右改良区は昭和三八年一〇月三〇日に右三〇名の総代総選挙(以下本件選挙という)を施行し、原告もこれに立候補して当選した。
(2) 然るところ、右選挙に際し上林修平は異議申出期間内に異議がなく確定した選挙人名簿に組合員として登載されていて昭和三八年一〇月一五日選挙長に対し立候補届出をした。
しかし右上林は同月二一日右改良区の組合員の資格審査理事会において組合員資格を喪失したとの決定をしたので、同改良区は上林の選挙人名簿の備考欄に「昭和三八年一〇月二一日組合員資格喪失」と表示し、かつその上欄にふせんをして、失格簿とともに同月二七日本件選挙を管理した石下町選挙管理委員会に送付した。同委員会ではこれに基いて本件選挙の当日投票所入口と投票記載所の二個所に上林の氏名を除き他の候補者三三名の氏名を掲示した。そして上林は一三票を得たのみで落選した。
(3) そこで上林は石下町選挙管理委員会に対し本件選挙の効力に関する異議の申出をし、その理由として、「右委員会は前記確定した選挙人名簿から上林の氏名を抹消した。更に投票当日投票所内に掲示した候補者氏名中上林の分を抹消して当選に不利な状態にした」と主張したが、同委員会は「選挙人名簿の点は、同名簿の調整、整理決定の権限は土地改良区にあり、右委員会は上林の氏名を削除しない。投票所内の候補者掲示に上林を除外したが、これは同人が選挙当日本件改良区の組合員でないことが判明したので同人には選挙権、被選挙権はないから、前記候補者掲示に上林を除外したことは当然である」として昭和三八年一二月一八日上林の異議申出を棄却した。
(4) これに対して上林は更に被告に対して石下町選挙管理委員会の右決定は不服であるとして裁決を求め、被告は昭和三九年三月二八日「昭和三八年一〇月三〇日執行の飯沼土地改良区総代総選挙における選挙の効力に関する異議の申出に対して、同年一二月一八日石下町選挙管理委員会がなした決定は取消す。飯沼土地改良区総代総選挙は、無効とする」との裁決をした。その本件選挙が無効であるとの理由は、立候補届出の受理に際しては選挙長には候補者の被選挙権の有無を審査する権限がないのに、上林が組合員としての資格がないとして投票当日上林の分を除き他の候補者三三名分のみの氏名掲示をしたことは選挙の自由と公正を著しく阻害し選挙の規定違反であり、かつ選挙人の中には右のような氏名掲示の結果、上林の立候補を知らなかつた者もあり得たわけで、もし知つていたならば、他の候補者に投ぜられた票が申立人に投ぜられることも推測され、上林の当選の有無は別としても他の当選者、落選者間の得票に変更を来たし、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある、というにある。
二 然しながら、先ず被告が上林の審査請求を受理したことが違法である。すなわち、同人は土地改良法第三条所定の組合員資格のない者であり、しかも同法第二三条第三項によれば総代は組合員の中から選ばれる旨規定されているから、同人には本件選挙の選挙権、被選挙権がない。したがつて総代の候補者資格もない。又土地改良法施行令第二七条に選挙について異議申立及び訴願は選挙人又は総代の候補者がなすべきことを定めている。上林は右いずれの資格もないのであるから被告に対し本件審査請求をする権利はなかつたのである。
仮に然らずとしても、被告は本件選挙の立候補受理に際し選挙長には候補者の被選挙権の有無を審査する権限も義務もないと主張し、これを前提として本件裁決をしているが、これは重大な誤りであつて、選挙長に右の審査の権限がある。すなわち、選挙長に審査の義務があることになると、その受理に手間取り時間的に選挙運動を制限する等選挙の公正を害することになるので、これを課さないだけであつて、右審査権限を剥奪したものではなく、被選挙権がないことが明白な者の立候補届出は当然拒否すべきである。したがつて、上林には前述の如く被選挙権がないことが明白であつたのであるから右石下町選挙管理委員会が投票所に上林の氏名を掲示しなかつたのは正当である。更に石下選挙管理委員会は飯沼土地改良区から提出された選挙人名簿によつて選挙をし、同名簿には登載されていなかつたのであるからこの点からいつても右選挙管理委員会の措置は正当である。これによつて上林に投票数が少くなることは結局において無効投票が少くなるので選挙の基本理念から言つても理由のあることである。しかも上林の氏名を掲示し同人の得票が増加すれば他の候補者の得票に変更をきたし選挙の結果に異動を及ぼすとの裁決理由は仮定事実であつて理由にならない。
よつて被告の裁決は違法であるからその取消を求める
と陳述した。
第三被告の答弁並びに主張
被告訴訟代理人は答弁として、原告主張事実中、第二の一の事実を認める、同二の主張は争うと述べ、次の如く主張した。
原告主張の二のうち、上林修平が被告のした本件審査につき申立人の適格を有しないとの点については、土地改良法施行令第二七条は総代の候補者に対して申立権を認めているのであつて、適法な候補者に限定すべき根拠はない。かえつて公職選挙法第二〇二条以下の規定が広く選挙人、候補者に異議及び審査の申立を許し選挙の自由と公正の確保を目的としていることの対比からしても、本件選挙の候補者であつた上林の審査申立を被告が受理したことは何ら違法なものではない。
次に、選挙長は立候補届出受理に際し、被選挙権のないことの明白な上林の届出を受理すべきでないとの点については、選挙長はそのような権限は有せず、右届出も受理し、選挙会を開催した際立会人の意見を聴いて上林に対する投票の効力を決すべきである。なお本件選挙において、上林修平の立候補届出のなされたのは昭和三八年一〇月一二日で、同人が組合員資格を喪失したと飯沼土地改良区理事会が決定したのは同月二一日である。したがつて上林の立候補届出は当然受理すべきである。このように一たん受理した後に、被選挙権がないことが判明した場合、右届出を却下する権限は選挙長に全くない。
しかして本件選挙に関する法令には氏名掲示の規定がないから、これを行うと否とは石下町選挙管理委員会の裁量に委ねられているが、同委員会は同月二日に氏名掲示をすることを議決し、実際に氏名掲示をしたのであるから、これには当然に上林の氏名も掲示すべきであり、これを除いたことは選挙の管理規定に反し著しく選挙の自由と公正を欠いたもので、その点に本件選挙の瑕疵がある。
そして本件選挙に際し上林の氏名掲示が行われた場合には、その投票総数八一八票のうち有効投票七九六票中、上林に投票され他の候補者に対していくらかの投票が減少したのであろうといい得るのであり、加うるに右選挙の最下位当選人の得票と最上位落選者の得票とは僅か一票の差であるから、上林の氏名掲示を削除したことは、選挙の結果に異動を生ぜしめる可能性が充分にある。
以上の理由により原告の本訴請求は失当である。
第四証拠関係<省略>
理由
一 原告の請求原因事実中、第二の一の各事実は当事者間に争いがない。
二 原告は本件被告の裁決について、上林修平には審査申立権がないのであるから、その点で被告は右申立を却下すべきであつたと主張する。土地改良法施行令第二七条には右総代の選挙候補者もこれをなし得る旨規定されているのであつて、右規定の文理解釈上ここにいう候補者とは選挙に関し当選人となりうる候補者のみに限定すべき根拠は見当らないから、この点の原告の主張は採用できない。
三 次に、本件選挙の選挙長には立候補した上林の被選挙権の有無を審査する権限があるとの主張について考えるに、前記争いない事実によれば、上林は確定した選挙人名簿に組合員として登載されていて、昭和三八年一〇月一五日選挙長に立候補届出をしたが改良区の理事会において上林が同月二一日組合員資格を喪失したとの決定をしたので、改良区は上林の選挙人名簿の備考欄に「昭和三八年一〇月二一日組合員資格喪失」と表示し、かつその上欄にふせんをして失格簿とともに同月二七日石下町選挙管理委員会に送付し、同委員会は前記のとおり上林の氏名を掲示しなかつたのである。そうすると上林の届出は一たん受理され、その後候補者中から除かれたことになり、かような権限は右選挙管理委員会にも選挙長にもない。選挙長としては上林を候補者として取扱つて選挙をすべきで、その資格喪失者に対する投票の効力の決定は、後の手続によるべきである。したがつてこの点において本件選挙には瑕疵があつたといわねばならない。
四 成立に争いのない乙第一号証によれば、本件選挙の下位当選人、上位落選人間の得票の差は僅少であり、殊に当選人の中村芳之助、秋葉本一郎の各一七票に対し、落選人の木林英一は一六票となつていることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。
そうすると、上林を候補者として取扱い氏名掲示をしたならば、本件選挙の当選人に投ぜられた票が上林に投ぜられることも当然考えられるのであるから、右選挙の当落の結果について異動を及ぼす虞れがある場合に該当するというべきである。
五 以上の次第で、原告の主張は理由がなく、被告のした本件裁決は有効であるから、原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(昭和四一年四月六日水戸地方裁判所判決)